おかんママの日記

なんとなく、思ったり、考えてみたり、頑張ってみたり。家庭のこととか身近にある事ばかりですが、つれづれしてみます。

入院したいんですけど

ごきげんよう。です。

 

今日はダンナの通院に付き添いました。

おかんママの配偶者である、ダンナ。がん患者であります。

「癌です」と告知をうけて早15年。

告知前から数えると手術8回 それに伴う入退院も数多くて

一時期は毎年入院しては手術というのが年間行事みたいになってました。

癌が大きくなっては摘出、痛くなっては手術。

皮膚を移植したり、骨をとって再建手術もしました。

昨年末から今年にかけては最後の砦、重粒子治療も受けました。

出来る限りの治療はし尽くした状態。予後はあまりよくありません。

外科的治療が出来なくなってから5年は、疼痛コントロール治療として

服薬投与の緩和ケアと、科の外来に行っては問診のような診察を受けてます。

大変なおっきい病気をされているんですね。大変ですね。

とよく言われます。

 

かかりつけの大学病院は緩和ケア外来はあるものの、緩和ケアでの

入院は整っておらず、もし入院希望ならば、緩和ケア入院も出来る病院を

紹介していただいてました。

今回付き添って行ってきた病院は紹介された病院。

かかりつけの大学病院よりも近くて、2年前に移設されたのでとてもキレイ。

今回予約診察の目的は

入院したいんですけど」でした。

 

実はもう入院したくてしたくてたまらなかったダンナ。

ステージⅣと言われてて、稀な癌らしく症例が少なくって、

癌発症しても、緩やかな進行で、完全に切除出来るわけでなく

15年生存率がガクッと少なくなっていると言われている中で、告知をうけて15年目。

今は「もういつ死んでもおかしくないわ。」

「俺の癌が一番きつくて一番しんどい」が口癖。

もう施しようがない、かわいそうでたまらないです。自分が。

ひとりになりたい、でも孤独はいや。(何かの歌の歌詞に出てきそう)

明るい未来の事とか考えられなくて、自分が自分がとにかく自分が

つらくてかわいそうで、家族の中心で自分を一番にかまってほしい。

自分の事だけで精いっぱいなアラフィフ男。

とはいえ、

上の子やら下の子がいて、世帯主で、戸籍上も生物学上も父なのですが

もはや、養うとか、父のポジションは何処へやら。

24時間テレビ愛は地球を救うでは難病の方々が頑張っている姿や、

最後まで家族の為に頑張って生き抜いた様のドラマがあるじゃないですか。

あれを観ては、

「俺の方が凄いけど。俺のところに取材にこうへんかな」

と言うくらい。まとっている空気が違うんです。

子どものために稼いで生きよう!頑張ろう!なんて思えないくらい 

イってしまってます。

イっていると言えば無職になったいきさつは、それはそれでぶっとんでで

また追々つれづれします。

 

重粒子治療を受けた病院からと、緩和ケア外来や科からの

書類データを持っていき、受付をし、診察室の前で待ってました。

暫く待って、呼ばれて

「もう辛くなったので入院させてもらいたいんです」と、

ダンナは緩和外来の先生へ。

すると

「そうですか。いつします?早い方がいいかな?」と即答。

「来週の火曜日にしましょうか」と即決。

あんなに入院って願望だったのに、あっさりと来週火曜日と

決まり拍子抜け。病院着くまでに、

「来年早々に入院出来たらいいんやけどなぁ」って言ってましたっけ。

今日来たんだしと、心電図とかレントゲンとか一応採血もとか、

チャチャっとやってきました。

お会計の前に入院の説明もレクチャーされました。

病院は違えど、入院に必要なものはどこも同じようなもんです。

お会計をし、病院をあとにしました。

 

帰宅して、一階にいた下の子にダンナは

「パパ、来週火曜日から入院することになったから」と話したら

「そうなんだ、来週の火曜ね。わかった」と下の子。

二階から降りてきて上の子に

「来週の火曜から入院することになってん」とダンナが話すと

「ふーん。そうなんや。」と上の子。

どちらもびっくりもあわててもなく。ごくごく自然。

「なんや、びっくりせえへんねんな」とリアクションの薄さに

ガッカリなダンナ。

「だって、入院するかもしれへん、って、しょっちゅう言ってるから。」

上の子、ごもっともな回答ありがとう。

 

 

入院、2か月くらいかなぁ。もっとかなぁ。

お金のことは頭が痛いけど・・・。

鬼嫁と言われようが、薄情と言われようが、おかんママは

超絶嬉しいです。もう病院にお任せしたいです。

だって、ダンナ

「もう、何もせんとぼーっとしときたいねん」って言うんだもん。